閑人の「戯れ言」

気に入ったことは勿論ながら、気に入らないことも思いついたままに・・・・・・・

京都の町並み


京都の写真を載せておられるブログを、拝見しながら色々なことを
思う。
鴨川の周辺の変化。
例えば、丸太町あたりから上(北)に有る少し高い建物となると、以前
は概ね判っていた。
西側に府立病院が有り、向かいに学校(精華)が有り等々。
けれども、最近の写真を拝見していると、鴨川西岸から比叡山を望む
とき、東岸に建物が映り込んでいることが良くある。


時代と共に様々な変化は当然だとしても、「観光都市、古都」などとの
キャッチフレーズをつけて居る限り、それなりの制限が加わり、不便さ
を我慢しなければならない部分があるように思う。
どうしても、我慢が出来なければ、極論で言えば京都から離れると言う
選択しかないのかも知れない。


ただ、世界には、保存のための努力がされているところが、現実に
何カ所もあるのも事実である。
京都は,その地域範囲が広く,商業活動も現実に行われて居るから、
なかなか難しい面が存在すると言う側面も確かにあるが。

 

尤も、京都の景観破壊は「京都駅前のタワー」に始まり、現京都駅が完全な
だめ押しをした、と思っている。
駅前のタワーは京都の地元新聞社社長が、同じく代表をしていた会社が、
建設をした。
この辺りが、京都の有名人の浅知恵というか、私にとっては哀れな人と
言う感覚である。
因みに本人は北区の某所に門構えも立派な、和風住宅を構え居住して
いた。彼には京都破壊につながるという感覚が無かったのであろうか。

京都の将来について十分な配慮が必要な立場の人物が関わったことに、
私は怒りを未だに覚えている。

 

そして京都駅。
中央やや東寄りに高層の飲食街を備えた、以前の京都駅が建てられた
ときにも結構議論があったが・・・・・
今の京都駅は論外だと思う。
この駅の建設が始まったころ、個人的に親しかった運輸省の元局長が
「ひどいものを建てますね。京都は衝立を建てて、南北に分断するの
ですね」と言った。
私はその人物に、立場上、何とかならないのですかと言い、いわば
あなたの後輩の仕事ですよ、と文句を言ったことがある。

 

京都は、保守性と革新性が合い混じっている。
けれども、この様な修復不能なことを続けていくと、他の町と何ら
変わらない、ただ寺だけが多い町に益々なっていくのだろう。


京都を離れ,その地で現実の生活をしていない人間が、京都について語る
資格は無い?のかなとも思いつつ。